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千葉地方裁判所 昭和54年(わ)1215号 判決

主文

被告人を懲役四年に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五四年一〇月七日に施行された衆議院議員総選挙に千葉県第二区から立候補した者であるが、自己の当選を得る目的をもつて

第一  一 同年九月二九日ころ、頭書肩書の自宅において、いずれも自己の選挙運動者である義弟宇野和男及び私設秘書越川群一に対し、同人らから自派選挙運動者及び右選挙区の選挙人に交付又は供与すべき選挙運動報酬、投票報酬の資金として、現金約二八六〇万円を交付し

二 同所において、右宇野和男及び同じく自己の選挙運動者である私設秘書渡部藤彦に対し、同様の趣旨で

1  同月三〇日ころ、現金約一〇〇〇万円を交付し

2  同年一〇月二日ころ、現金約五〇〇万円を交付し

3  同月四日ころ、現金約三〇〇万円を交付し

第二  実弟佐藤厚と共謀のうえ、自己の選挙運動者である私設秘書三名に対し、同様の趣旨で買収資金を交付することを企て、佐藤厚が、その実行として

一  同年九月二九日ころ、八日市場市イの一三八番地の一〇所在の宇野亨選挙事務所において、岩立正俊に対し、現金約二六〇〇万円を交付し

二  同日、同所において、石毛源一に対し、現金約九〇〇万円を交付し

三  同月三〇日ころ、同所において、加瀬忠一に対し、現金約二〇〇〇万円を交付し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも公職選挙法二二一条三項一号、同条一項五号前段、同項一号(判示第二の各所為については、更に刑法六〇条)に該当するところ、うち判示第一の一及び同第一の二の1から3まではいずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条によりいずれも一罪として犯情の重い宇野和男に対する罪の刑で処断するものとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は、前期の衆議院議員であつた被告人が昭和五四年の総選挙にふたたび立候補した際、宇野派の運動組織全体をあげて、しかもその選挙区の全域にわたつてほぼもれなく行われた大規模な現金買収の事案であつて、その基本的態様を概観すると、前回昭和五一年総選挙における被告人の得票数が約五万五〇〇〇票であつたことから今回はこれに五〇〇〇票程の上乗せを狙い、そのほぼ二倍、一一万名ないし一二万名を後援会に獲得すること、具体的には後援会名簿への署名を集めることに同派の集票活動の重点をおき、各地の後援会会長や役員に足代を払つて約一一万名の署名を集めさせたうえで、被告人への投票を確保するため署名者全員に対し一人あたり原則二〇〇〇円を一律にばらまいて投票を買い、また、そのばらまきに従事する運動員に対してもほぼ一定割合の足代を支払つたというものである。そして、この間にあつて被告人は、実弟、近親者らと相謀つて巨額の資金を金融機関から調達したうえ、自ら指図して、総額二億五〇〇〇万円をすべて千円紙弊で自宅へ運び込ませ、単独で、あるいは実弟佐藤厚と共謀して、各地区を担当する私設秘書に対し判示のように買収資金の交付を行つたものである。

いうまでもなく、選挙の公正は議会制民主主義の根幹をなすものであつて、これを実質的に害する選挙違反、特に買収事犯に対しては刑事上も厳しい態度で臨むべきものであるところ、立候補者本人たる被告人自ら、資金の準備、買収金額の決定、配布方法、時期等の決定に参画し、常にその中心的役割を担い、買収活動の頂点に立つてこれを推進したというにいたつては、いやしくも国民の代表として国政に参画しようと志す政治家として最も基本的な倫理性に欠けるものであると指弾されてもやむを得ない。本件の舞台となつた千葉県第二区においては、往々にして多額の選挙資金が不明朗にばらまかれるという根強い風潮があつたうえに、自己の健康上の問題や保守系候補の乱立等により、自派の情勢が思わしくなかつたという危機感が本件犯行の一因となつていたことは察知できるものの、被告人の行為は、右風潮に乗じたばかりでなく、これを利用してかえつてこれを助長することによつて有権者を愚弄したものである。

以上のとおりであつて、被告人の刑事責任はまことに重大である。

よつて、主文のとおり判決する。

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